先日、定期的にお世話になっている高齢者施設のスタッフさんからご相談がありました。「Aさん、ここのところ急に食事が食べられなくなってるんです。どうしてでしょうか?」
Aさんは、重度の認知症。さて、どうしたのでしょうか?
Aさんの食事
Aさんは重度の認知症。私は Aさんの担当ではありません。あくまでその施設をご利用しているBさんの担当で、Bさんの様子を見るため、そしてBさんの食事指導のために訪問しています。
そこにきてAさんの相談をされたわけです。
もちろん契約上のこともありますから、Bさんに関わることしか指導できないのが私の立場なので、基本的には介入はしません。「Aさんの食事形態、これでいいですかね?」と聞かれても、苦しい立場ですが「お答えできません」と言わざるを得ない部分があります。
けれど、その施設の職員さんの嚥下に対しての知識やスキルアップになることであればBさんに還元されるので、適宜相談を受けたりはしていました。
Bさんの食事評価をする横で、Aさんがむせている。どうしたものか・・・。非常に悩ましく思っていました。
Aさんに対して、改善すべき点は多々あります。食事姿勢・食事形態・食事介助方法・環境的アプローチなど、言い出せばキリがない。けれど、私が契約している時間内にそれらの指導をすることは、物理的にも難しく、ある程度目をつぶっておりました。苦しい・・・(・_・;
スタッフさんの本音
私がBさんの評価をする横で、むせているAさん。Aさんの食事は全然進みません。
介助をしているスタッフさんが、私にこうおっしゃったのです。
「怖いです〜。この状況で、私は何を食べさせればいいですか?この食事食べられないですよね?白菜とか無理ですよね?焼売とか無理ですよね?ご飯もむせるんですけど…。Bさんと同じ食事形態に変えたいな。上司に話してみないと…」
このスタッフさんの本音って、とても大切と思っています。
「怖い」
これは、日々の業務にとって、大変苦痛を伴うものです。スタッフが怖いと思って介助していては、食事が苦痛なものになってしまいます。ここはどうにか変えたい。
施設指導の重要性
私が施設契約を受けて介入している施設の場合、一番は「スタッフが安心できる」ということが目標になります。食事形態や介助方法の決定って、とても難しく、一歩間違えれば命に関わるのでスタッフさんにとってはストレスを伴うものです。
ですから、私が指導に入る日は栄養士さんが必ず出てきてくださって、「今日の食事どうですか?」という点から始まって、カロリーのことだったり、とろみ剤の量だったり、補助食品の種類の検討だったりなんでも話します。
そうすることで何が起きるか?
栄養士さんは安心して調理に取り組めるんです。
他の食事とのバランスを見ながら、調理の細かい部分まで自分の責任でされるのは大変です。また、現場は「今日のご飯固い!」「今日のとろみ弱い」とか色々言われてしまうのが栄養士さん。ですから、現場の意見を聞きながら、どうやったら効率的に解決できそうかの相談役としての立ち位置をまず徹底しています。
そしてもうひとつが、介助する方が不安にならないようにする。どうやって介助すればいいのかを知ることです。だって「自分のせいで誤嚥した」なんてなったら、スタッフさんはトラウマになってしまいます。それはつらい。なのでそういったことが起きないように、スタッフさんの介助が「間違ってないよ!」という後押しや、「これ以上やめよう!」という制止が必要だったりします。
そこでAさんは?
さてAさんのお話に戻ります。Aさんどうして急に食べられなくなったんでしょうか?理由はいくつかあります。
一つは認知症の症状が進行した。これは大きいです。実際半年前に比べて、明らかに進行していますし、むせ方もちょっと怖い。
けどもうひとつ理由があります。
スタッフさんの嚥下障害についての理解が深まったから。
私がBさんの指導に入るようになり半年以上になりますが、私が指導することにより、スタッフさんはBさんのことを通して「嚥下」という物自体を深く理解されるようになりました。
だから「怖い」と思えるのです。
誤嚥が何かを知らないと怖くないんです。
でも、誤嚥って何かを知っていれば、誤嚥を起こしたらどうなるかを知っていれば、むせ返るAさんに食事介助を続けることが「怖い」ものになるなんて当たり前です。
そんなことから、ちょっとAさんに対しての意識が変わっていく様子を目の当たりにしたのです。
今後の希望
私はAさん個人へ訓練することが目標ではありません。一番は、たくさんある施設が、それぞれ各施設の中で自力で食事のことを判断できるようになればいいな、と思っているんです。
今回はたまたまBさんに介入していたことで、施設のスタッフさんの意識が「嚥下」というものに向くようになってくれました。これにより、Bさんの食事もより安全なものになるので、非常に嬉しいことです。
これがBさんだけではなく、Aさんにも。そして他の利用者さんにもどんどん広がって、みんなが施設での食事を美味しく食べられる。スタッフさんが安心して見守れるようになって欲しいなと思います。
言語聴覚士のような嚥下の専門家がいること自体がまだまだマイナーです。そして、私のように施設指導に入れる人は、さらにごくわずか。
もっともっと活動を広げていきたいな、と思える体験となりました。
【長岡菜都子(だんらんコーディネーター)】
リハビリテーション専門職である言語聴覚士の国家資格を所有。病院勤務を経て、訪問看護ステーションに入職。以後12年間で、訪問リハビリテーションを学ぶ。対象は乳幼児から高齢者まで幅広く、病気や障害を抱えながらも、にいかにして家族とともに充実した温かい生活を送れるかにこだわり、支援している。
現在は病気や障害を抱える当事者に対し、『個別』ではなく、家庭や関係施設へ『戸別』に訪問し、主に「はなすこと」「たべること」に関する、赤ちゃんの育み支援、こどもの学び支援、成人・高齢者の生活支援を行っている。
その他、医療・福祉・介護・教育施設等への外部講師等も行い、「はなすこと」「たべること」のバリアフリーを目指し活動中。
最近のコメント