【だんらんストーリー】あなたの「言葉」で伝えてね

失語症という病気をご存知でしょうか?主に脳卒中などによって、大脳の言葉に関する場所に損傷を受け、「話す・きく・読む・書く」などのコミュニケーションに必要な要素に障害を受ける病気です。

今日はこの、失語症のお話

一家の大黒柱のお父さん

ある失語症Aさんのお話です。
Aさんは一家の大黒柱。しかしお仕事が忙しかったこともあり、不摂生がたたり、脳卒中を患いました。命は助かったものの、言葉に障害を負うことになるのです。

これが失語症です。

失語症にもたくさんの種類がありますが、このかたは表出面の障害が強く出た方です。つまり「話す」と「書く」が難しい。これに対して、「聞く」「読む」は比較的軽かったため、本や新聞、テレビを楽しむことができました。けれど、自ら話すことが非常に難しく、なかなか外出や社会交流が減ってしまっていました。

言語訓練をして欲しい

脳卒中を患い、しばらくは入院をし、回復期病院でリハビリを積極的に受けてきました。退院後も訪問リハで言語訓練の希望があり、積極的に行ってきたのですが、如何せん失語症自体は重度。「話す」も誘導でなんとか単語が出るかな?というレベルですから、実用的とは言い難い状況でした。

けれど、家族や本人は、病院のような言語訓練を希望したんです。

絵カードを見せて、言葉を引き出すという、一般的に言語訓練っぽいことですね。これをしたい・して欲しいという要望が強くありました。

けれどいつも感じていたんです。これ、Aさんの生活に活きていくのかな?って。

絵カード訓練、やめよ!

確かに訓練によって、多少単語が言いやすくなるかもしれない。けど、実用的には程遠い。じゃあもう、積極的にするのはやめようと思い、ある日絵カードをわざと忘れて訪問してみました。

で、身振りでの意思表現練習をしてみることに。うん、伝わるじゃん!一生懸命、言えない単語を絞り出そうとする練習より、絶対にいいよ。楽しいよ。

身振りが徐々に盛んになってきたAさん。初めは訓練の中で、そして家族へ。コミュニケーションがどんどん取れるようになりました。もちろん失語症ですから、発語はほぼ0なんです。けれどコミュニケーションが取れるんです。

外の世界へ

ある日、Aさんがご夫婦で買い物中、ご友人の方にばったり。そのご友人は、Aさんの失語症のことを知りませんでした。ただ車椅子に座っているAさんに「Aさん、どうしたの?」と尋ねたとのこと。するとAさんは身振りでハッキリと、「話す」「✖️」をされたのです。その様子で、話せなくなったことを悟ったご友人は、「そうなの、でも元気そうね。しっかりね」と笑顔になったとのこと。そうです、Aさんは自分の「言葉」で、ご友人とお話ができたのです。

さらに時が流れ、ある朝、私の元にAさんの奥様から電話がありました。ちょうどAさんはショートステイ中。どうしたのかと思い尋ねました。

「今ね、主人のショートステイ先から電話があったんです。忘れ物を持ってきてほしいって。主人がね、身振りで忘れ物があることを、職員の方にちゃんと伝えたんです。それで職員の方から電話があったんです。すごいでしょ?長岡さん、喜ぶと思って報告の電話です」

そりゃ〜もう、私は大喜び。すごいすごい、と大はしゃぎ。有意味な言葉は全く自力では言えない方です。でも、家族ではない他人に、それもAさんの身振りを見慣れていない方にも伝わる方法で、コミュニケーションが取れたんですから。

重度か軽度を決めるのは?

Aさんの失語症は重度にあたります。けれどご家族は暖かく、寛容で、Aさんの身振りをしっかりと見つめ、会話ができます。

症状は重度でも、障害は少ない。それって素敵なことだと思うんですね。症状がどれだけ軽度でも、それによって抑うつになってしまったり、家族関係が破綻してしまうと、障害が多くなります。

障害を減らすこと。これは、本人の能力によるものだけではない。これを教えてくれたのがAさんです。どうしても、病院で訓練を受けて退院すると、病院の訓練をそのまま自宅で継続することを求めてしまいがち。けれどそうではない、家庭でできることにシフトしていくことが必要です。

だから私は今日も「個別」ではなく、家族丸ごとの「戸別」を支援するために、訪問するのです。

【長岡菜都子(だんらんコーディネーター)】
リハビリテーション専門職である言語聴覚士の国家資格を所有。病院勤務を経て、訪問看護ステーションに入職。以後12年間で、訪問リハビリテーションを学ぶ。対象は乳幼児から高齢者まで幅広く、病気や障害を抱えながらも、にいかにして家族とともに充実した温かい生活を送れるかにこだわり、支援している。
現在は病気や障害を抱える当事者に対し、『個別』ではなく、家庭や関係施設へ『戸別』に訪問し、主に「はなすこと」「たべること」に関する、赤ちゃんの育み支援、こどもの学び支援、成人・高齢者の生活支援を行っている。
その他、医療・福祉・介護・教育施設等への外部講師等も行い、「はなすこと」「たべること」のバリアフリーを目指し活動中。